木村正人 | 在英国際ジャーナリスト


3/30(月) 10:29



欧州ではあまり見かけない上腕部の瘢痕

[ロンドン発]米ハーバード大学公衆衛生学部のメガン・マリー教授がツイートで「BCGワクチンの接種は新型コロナウイルス感染症に対して効果があるか試す価値はある」と呼びかけています。

BCGワクチンは結核の予防に有効なワクチンで、針が9本あるスタンプ状の接種器で上腕部に2回押し付けて行います。日本人にある上腕部の瘢痕(はんこん)は欧州ではあまり見かけません。

新型コロナウイルスのワクチン開発には少なくとも2年はかかるため、患者との濃厚接触で感染、重症化するリスクが高い医師や看護師にBCGワクチンを接種させてはどうかという臨床研究が相次いで始まりました。

なぜBCGワクチンが注目されているかというとオフターゲット(結核以外の感染症への)効果が報告されているからです。

免疫が訓練される?

免疫学の第一人者である大阪大学免疫学フロンティア研究センターの宮坂昌之招へい教授は筆者のインタビューにこう答えています。

「最近、自然免疫(筆者注・人が生まれつき持っている免疫反応)といえども、少しは記憶があって、二度、三度、感染を繰り返していると、ある程度は強くなりそうだということがわかってきました」

「結核ワクチンであるBCGを投与すると、結核とは関係のない感染症が子供で減ることがわかってきました。BCGは自然免疫を刺激するもっとも強力な物質なので、自然免疫が強化されたことにより、他の感染症もある程度防げるようになったのではと考えられる報告です」

「さらに面白いデータが最近、オランダのグループから出ています。彼らは、弱毒化したウイルスからなる黄熱病ウイルスワクチンを人に接種した時に起こる反応について、BCGの投与効果を調べました」

「投与する黄熱病ウイルスは生きているので一過性に接種を受けた人の血液中に出現するのですが、BCG投与を受けていた人ではこのウイルス血症の頻度が著しく減る」

「つまり、BCG投与により結核とは関係のない病原体に対しても実は免疫力が強化されていることが示唆されたのです」

「彼らはさらに解析を進め、BCGが単球(マクロファージのもととなる細胞)という自然免疫細胞に働いてエピジェネティックな変化(遺伝的な変化ではなく、遺伝子の機能を変えるような変化のこと)を起こし、このために単球の生体機能が高まっていることを実験的に明らかにしたのです」

「彼らは自然免疫も訓練で強化できると考え、この現象のことをtrained immunity(筆者仮訳・訓練された免疫)と呼んでいます」

BCG接種で重症化リスクを減らせる?

マリー教授はブログで「新型コロナウイルスが子供と大人に異なる影響を与える可能性の1つはBCGだ。結核に対する新生児BCGの有効性は年齢とともに低下する」と指摘します。

さらにマリー教授は「訓練された免疫」によるオフターゲット効果の可能性にも触れ、BCGワクチンを再接種すれば新型結核ワクチンやプラセボ(偽薬)を与えた被験者に比べて3倍も上気道感染症を減ったことを報告しています。

「BCGワクチン接種によるオフターゲット効果で新型コロナウイルス肺炎の重症化リスクを減らし子供たちを守れる可能性は?  BCGワクチンは広く利用可能で、接種・再接種が安全で安価であることを考えると、有効性を検討するのは価値がある」と提案しています。

止まらない医療従事者の感染

中国やイタリア、スペインでも新型コロナウイルス患者の治療に当たる医師や看護師の感染拡大と死亡が次々と報告されています。中国では3月3日までに最大3200人が感染。イタリアでは先週だけで3534人が感染。累計で8358人にのぼり、50人の医師が死亡しました。

スペインでも約1万人の医療従事者が感染しています。

このため米マウントサイナイ医科大学のアニー・スパロー助教授は米外交雑誌フォーリン・ポリシーで「BCGワクチンで医療従事者の命を救うことができるかもしれない」と訴えています。

「研究する価値のある分野の1つは生ワクチンを使用して免疫反応を高めることだ。そのような接種の1つがBCGワクチンだ。世界保健機関(WHO)の委託研究でもBCGワクチンの有益なオフターゲット効果が報告されている」

オランダで医療従事者1000人を対象にした臨床研究が始まり、オーストラリアの小児医療研究所マードック・チルドレンズ・リサーチ・インスティチュートも3月27日、医療従事者4000人を対象にBCGワクチンの臨床試験を開始すると発表しています。

このほかギリシャ、イギリス、ドイツ、デンマーク、アメリカでも同様の研究が検討されています。BCGなどの確立されたワクチンを研究してもほとんど利益が得られないため、これまで放ったらかしにされてきたのが実情です。でももうそんなことは言っていられなくなりました。

今年1月16日~2月8日にかけ中国疾病予防管理センター(CDC)に報告された新型コロナウイルスの小児科患者2143人(年齢の中央値は7歳)を調査。90%以上が無症状か軽症で、大人より全般的に症状が軽かったと報告されています。

特に幼児でその傾向が強かったそうです。しかし14歳の少年1人が死亡しました。WHOによるとBCGワクチンの接種率は中国では99%。ちなみに日本99%、韓国98%です。

欧米はBCGを卒業した?

今、欧州とアメリカが新型コロナウイルスの巨大津波に見舞われています。それぞれの国の新型コロナウイルス肺炎による死者とBCGワクチン接種率を見てみましょう。

・イタリア1万779人死亡、0%(1970~2001年接種)

・スペイン6606人死亡、0%(1965~1981年接種)

・フランス2606人死亡、44%(2008年時点、1950~2007年接種)

・アメリカ2467人死亡、0%

・イギリス1228人死亡、0%(1953~2005年接種)

・オランダ771人死亡、0%(1979年に中止、出身地域による選択的接種に)

・イラン2640人死亡、99%(1984年から接種)

イランのBCGワクチンはイランパスツール研究所で製造されており、1歳までに全員BCGワクチンを打つことになっていますが、年間10万人当たり16人が結核にかかっています。

結核にかかる人が少なくなった欧米では結核になりやすいグループに限ってBCGワクチンの接種を勧める国が多いようです。

筆者は、新型コロナウイルス肺炎による死者数は都市封鎖や社会的距離の実施度、宗教習慣や家族形態など国民性や文化、高齢者の割合、集中治療室(ICU)ベッドや人工呼吸器の数、治療方法、医療へのアクセス、気候、地理などが関係していると考えます。

BCGワクチン接種で新型コロナウイルス肺炎の重症化リスクを減ずることができるのなら、未知のウイルスと戦う有力な武器の一つになります。臨床研究の成果に大いに期待したいと思います。

(おわり)